スポーツメンタルコーチとして、プロのアスリートと向き合う仕事をしています。
競技中のパフォーマンスはもちろん、引退後のセカンドキャリアについて相談を受けることも少なくありません。
そのなかで、何度となく耳にする言葉があります。
「やりたいことが、まだ見つかっていないんです」
そう話す選手の多くは、次の言葉を続けます。
「だから、動けなくて」と。
この言葉を聞くたびに、きっと苦しいよなと胸が締め付けられます。
私も競技引退後の人生に思い悩んだ過去があるからこそ、その気持ちはとてもよくわかる。
しかし同時に、「もったいないな」とも感じます。
やりたいことが見つかっていなくても、動いていいのです。
むしろ、動かないと見つからないのす。
今日はそのことについて、書いてみたいと思います。
「見つかったら動く」という落とし穴
なぜ選手たちは、やりたいことが見つかるまで動けないと感じてしまうのでしょうか。
それはきっと、これまでの競技生活の成功体験と関係しています。
競技の世界では、目標が先にありました。
この大会で優勝する、この記録を塗り替える、このチームのレギュラーを取る。
明確なゴールがあったからこそ、そこに向かって全力を注ぐことができました。
目標があって、初めて動き出せる。
それが、これまでずっと機能してきたやり方でした。
だから引退後も、同じように「やりたいこと=目標」が見つかってから動こうとする。
それは決して間違いではなく、これまでの経験から来る、ごく自然な発想です。
しかし、セカンドキャリアにおいては、この順番が逆になることが多いんです。
やりたいことは、動いた先に見つかるものです。
動く前から、見つかることはほとんどありません。
「見つかったら動く」を待っていると、いつまでも動けないまま時間だけが過ぎていく。
それが、多くの選手が陥りやすい落とし穴です。
今の競技だって、最初から夢中だったわけじゃない
少し思い返してみてください。
今まで打ち込んできたそのスポーツを、最初から「これが自分の天職だ」と確信して始めた人が、いったい何人いるでしょうか。
親に連れられて行った体験スクール。
友達に誘われてなんとなく参加した練習。
たまたまテレビで見た試合に、気づいたら心を奪われていた瞬間。
多くの場合、きっかけは偶然だったはずです。
「好きになれるかどうか」、「夢中になれるかどうか」なんて、始める前にはわかりませんでした。
やってみて、続けていくうちに、人生をかけるほど熱中できるものになっていた。
セカンドキャリアも、きっとそういうものです。
向いているかどうか、夢中になれるかどうかは、やってみてはじめてわかります。
最初から「これだ」と確信できるものを探そうとすると、なかなか動き出せません。
まず動いてみて、そこから感じていく。
その繰り返しのなかに、次の夢中が眠っています。
「一回で正解を出さなくていい」
私がよく選手に伝えることがあります。
「一回で自分に合うものを見つけなきゃいけない、なんてルールはどこにもないよ」
でも多くの選手は、どこかでそのプレッシャーを感じています。
長年、結果を出すことを求められてきたからこそ、「失敗したくない」「遠回りしたくない」という気持ちが、新しい一歩を踏み出すことへのブレーキになってしまうことがあるのです。
気になることがあれば、まずやってみていい。
合わなかったら、また別のことを試せばいい。
それは失敗じゃなく、「自分を知る」ための大切なプロセスです。
選手として培ってきた「やり切る力」は、何をやるかが決まってから発揮すればいい。
まずは気軽に、試してみるくらいの気持ちで動いてみてほしいんです。
「計画的偶発性理論」動いている人にだけ、偶然はやってくる
キャリア理論に「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」という考え方があります。
これは、スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱したもので、「キャリアの多くは、予期しない偶発的な出来事によって形成される」というものです。
重要なのは、「偶然を待つ」のではなく、「行動することで偶然が起きる確率を上げていく」という姿勢です。
クランボルツ教授は、そのために必要な姿勢として、好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心の5つを挙げています。
新しいことに興味を持ち、うまくいかなくても続け、状況に応じて柔軟に動き、ポジティブに構え、リスクを恐れずに行動する。
これらが、偶然の出会いや気づきを引き寄せ、新たなキャリアへの道を開くというわけです。
そしてここで、ひとつ気づいてほしいことがあります。
これらの姿勢、アスリートはすでに競技のなかで身につけているものばかりではないでしょうか。
動いている人のところにしか、偶然はやってきません。
だからこそ、まずは動いてほしいのです。
これまで動き続けてきたからこそ、今の競技人生を歩めているのだと思います。
つまり、偶然を引き寄せる力がすでに備わっているはずなのです。
まず「自分の棚卸し」をしてみる
とはいえ、「じゃあ何でもやってみよう」だけでは、なかなか最初の一歩が踏み出しにくいのも現実です。
だからこそ、動く前にひとつやっておいてほしいことがあります。
それは、自分のこれまでを丁寧に振り返ること。
いわば、「人生の棚卸し」です。
どんな瞬間に夢中になっていたか。
何をしているときが楽しかったか、ワクワクしていたか。
誰かに喜んでもらえたとき、どんな場面だったか。
競技以外で、ずっと好きでいられたものはあるか。
どんな瞬間に「生きてるな」と感じていたか。
こういった問いに丁寧に向き合いながら、「自分という人間」を棚卸ししていきます。
これは得意・不得意を整理する作業ではありません。
自分がどんな状況でエネルギーが湧くのか、何のためなら頑張れるのか。
そういった「自分の核」を知る作業です。
その核さえつかんでいれば、何か新しいことを試してみたときに「なんか違うな」と感じたとしても、それが「自分の核」に近いものを探すための大切な情報になります。
自己理解は、動き続けるためのコンパスになります。
動き出した人だけが、次のキャリアを見つけていく
スポーツメンタルコーチとして多くの選手と関わってきた中で、確信していることがあります。
セカンドキャリアで新しい何かを見つけていった選手たちは、例外なく「動き出した人」でした。
完璧な準備が整ったから動いたのではなく、やりたいことが完全に決まったから動いたのでもなく、不完全なまま、それでも一歩踏み出した人たちでした。
そして動いたことで偶然の出会いが生まれ、気づきが積み重なり、気がついたら「次の夢中」が見つかっていた。
多くのアスリートは、うまくいかない状況に立ち向かい続けた経験を、すでに持っています。
スランプを乗り越えた経験、何度も壁にぶつかりながら諦めなかった経験。
それは競技だけのものじゃありません。
どんな新しいフィールドに踏み出しても、その経験は必ず活きてきます。
まずは動いてみる
やりたいことが見つからなくてもいい。
確信がなくてもいい。
気になることに、まず手を伸ばしてみること。
会ったことのない人と話してみる。
行ったことのない場所に足を運んでみる。
ずっと気になっていたけど後回しにしていたことを、今日やってみる。
その小さな行動が、次の偶然を連れてきます。
そしてその偶然が積み重なって、やがて「次の夢中」になっていきます。
これまで競技人生を全力で生きたからこそ、新たな人生を切り拓く力がすでに備わっているはずです。
まずは動いてみる。
そいて、動いた先にこれから夢中になれるものが見つかるはずです。
このコラムが、競技引退後の人生について考えるアスリートにとって、何かしらの気づきになれば幸いです。

