競技で結果を出したいなら、競技以外を整える

「もっと練習すれば、もっと結果が出るはずだ。」

本気で競技に向き合っているアスリートほど、そう思いやすいものです。
練習の質を上げ、戦術を磨き、体のケアにも気を配る。
それだけの努力を重ねているのに、なぜかパフォーマンスが上がり切らない、試合になると力が出し切れない、という感覚を抱えている選手に、私はこれまで何人も出会ってきました。

そういう選手と話していると、あることに気づきます。

競技のことはものすごく真剣に考えているのに、競技以外の時間がほとんど空白になっているのです。

趣味がない。
オフの日に何をしたらいいかわからない。
友人と過ごすことに少し罪悪感すら感じる。
そんな状態が続いていたりします。

競技に集中しているようで、実は競技だけを見つめすぎていることで、何かが滞ってしまっている。
今回のコラムでは、そのことについて一緒に考えてみたいと思います。

人生はバランスで成り立っている

「人生のバランスホイール」という考え方があります。
人生をいくつかの領域に分けて、それぞれの充実度を円グラフのように可視化するツールです。

よく使われる項目としては、こんなものが挙げられます。

  • 競技・仕事
  • 健康・身体
  • 家族・パートナー
  • 友人・人間関係
  • 遊び・趣味
  • 学び・成長
  • お金・経済的安定
  • 社会貢献・つながり

このホイールを車のタイヤに例えるとわかりやすいかもしれません。
どれかひとつの項目だけが大きく突出していて、他が凹んでいると、タイヤはいびつな形になります。
いびつなタイヤで走ろうとすると、車はスムーズに前へ進めません。

競技だけに全エネルギーを注いでいる状態は、ある意味でこれに近いものがあります。
競技という一本の軸だけを太くしようとしても、他の部分が細いままだと、人生全体としての推進力が生まれにくくなってしまうのです。

あなたのバランスホイールを思い浮かべたとき、どの項目が低くなっているでしょうか。

競技以外が、競技に効く理由

「でも、競技以外のことに時間を使うのは遠回りじゃないか。」

そう感じる方もいると思います。ただ、これには科学的な裏付けがあります。

① デフォルトモードネットワーク(DMN)の働き

神経科学者のマーカス・レイクルらの研究によって、脳には「何もしていないとき」に活発になる領域があることがわかっています。
これをデフォルトモードネットワーク(DMN)と呼びます。

練習中や試合中、脳はいわゆる「タスクモード」でフル稼働しています。
しかしこのモードが続きすぎると、脳は情報を整理したり、新しい気づきを生んだりする余裕を失っていきます。

DMNが活性化するのは、ぼんやりしているとき、散歩しているとき、好きな趣味に没頭しているとき。
そういった「競技と離れた時間」に、脳は練習で得た記憶や感覚を静かに整理し、次の学びへとつなげていきます。

難しい言葉に聞こえるかもしれませんが、要はオフの時間も脳はちゃんと練習しているということです。

② アテンション・レストレーション理論(ART)

心理学者のレイチェル・カプランとスティーブン・カプランが提唱したこの理論は、人間の集中力には「回復」が必要だということを示しています。

競技に関わる刺激を受け続けると、集中力はじわじわと消耗していきます。
一方で、競技とは関係のない活動(自然の中を歩く、音楽を聴く、料理をする)に触れることで、消耗した集中力は回復するとされています。

練習の質を上げたいなら、まず集中力を回復させる時間が必要です。
競技以外の時間は「さぼっている時間」ではなく、次の練習のための充電時間だと考えてみてください。

③ アイデンティティの多様性

社会心理学の研究では、自分の価値を一つのものだけに置いている人ほど、それがうまくいかないときにメンタルが大きく揺れやすいことが示されています。

競技だけが自分の全てになってしまうと、不調や負けが続いたとき、アイデンティティそのものが揺らいでしまいます。
しかし、「競技者である自分」以外にも「家族を大切にしている自分」「あの趣味を楽しんでいる自分」「仲間と笑える自分」といった側面が育っていると、競技がうまくいかない時期もどこかに足場を持ちながら前を向くことができます。

これらのことから、競技以外を整えることは、競技での自分を守ることにもつながっているということになります。

バランスホイールの各項目をもう一度見てみる

では、先ほどのホイールの各項目について、少しだけ立ち止まって考えてみましょう。

「健康・身体」
練習や試合のためのコンディショニングだけでなく、睡眠の質、食事の豊かさ、日常的な身体の心地よさはどうでしょうか。

「家族・パートナー」
大切な人との時間は、十分に取れていますか。
競技を応援してくれている人たちとの関係が温かく保たれているかどうかは、精神的な安定に直結します。

「友人・人間関係」
チームメイト以外に、気を抜いて話せる友人はいますか。
競技と関係なく笑える場があることは、思った以上に心の余白をつくってくれます。

「遊び・趣味」
「オフの日に何をしていいかわからない」という選手は、意外と多いです。
でも、純粋に楽しめる何かを持つことは、DMNを活性化させ、集中力を回復させるうえで大切な役割を果たします。

「学び・成長」
競技に直接関係しない本を読んだり、新しいことを学んだりすることも、思考の幅を広げ、競技への新しいアプローチのヒントになることがあります。

「お金・経済的安定」
将来への不安が頭の片隅にあると、集中力はそこへ漏れていきます。
今の自分にできる範囲で、この部分を整えることも大切です。

「社会貢献・つながり」
誰かの役に立てているという感覚は、自己効力感を高めます。地域とのつながりや、後輩へのサポートなど、小さなことでも積み重なります。

どの項目が低いと感じましたか。
低い項目があるとしたら、それはあなたの競技パフォーマンスとも、どこかでつながっているかもしれません。

ある選手の変化

私が関わった選手のひとりに、競技への取り組みは誰よりも真剣なのに、試合になると力が出し切れないという悩みを抱えていた選手がいました。

話を聞いていくと、オフの日の過ごし方がとても曖昧なことがわかりました。
休もうとしても何をすればいいかわからない、趣味もとくにない、友人と出かけることに少し罪悪感があると。

そこで一緒に取り組んだのが、競技以外の時間を意識的に充実させることでした。
やってみたいと言っていたことをひとつ始めてもらい、家族との時間を少し増やし、練習と関係のない本を読む習慣をつくっていきました。

最初は「これで本当にパフォーマンスが上がるのか」と半信半疑だった選手が、数週間後に言っていたのはこういうことでした。

「練習に向かうときの気持ちが変わった気がします。なんか、軽くなった感じがして。」

その後、試合でのパフォーマンスにも変化が出てきました。
結果として出るまでには時間がかかりましたが、確実に何かが変わっていきました。
競技以外を整えたことが、競技そのものを変えていったのです。

競技以外を整えることは、遠回りではない

真剣にやっているからこそ、「競技以外のことに時間を使うのは申し訳ない」と感じてしまう選手がいます。
その気持ちはよくわかります。

しかし、競技以外を整えることは決して遠回りではありません。

脳は休んでいる間も働き続けています。
集中力は回復させてこそ発揮されます。
アイデンティティは多様であるほど、折れにくくなります。

バランスホイールのすべての項目が少しずつ満たされていくことで、競技というタイヤは、はじめてまっすぐに転がり始めるのです。

競技以外の時間に、もう少し目を向けてみてください。
「気づいたときには、競技でも自然と結果がついてきた」
そんな選手を、私はこれまでたくさん見てきました。

このコラムが、競技以外のことに向き合うきっかけとなったなら嬉しく思います。

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スポーツメンタルコーチ加藤優輝
Deportare Design代表
Deportare Design代表。埼玉県川口市出身。6歳から22歳までプロサッカー選手を目指していたが、燃え尽き症候群により競技を嫌いになり、プロになれずに現役引退。 その後、人命に関わる仕事に魅力を感じ、消防士になる。 消防士として社会貢献していく中で、夢や目標に向かっている人をサポートしたいという思いが沸き起こり消防を退職。 退職後、自分自身が燃え尽き症候群になってしまった原因を解明すべく、脳と心の仕組み・スポーツ科学、EQなどについて学ぶ。 その後、サッカー元日本代表でもあるカレンロバートの専属サポート。現在は、プロ野球選手(NPB)やプロサッカー選手(Jリーグ)、プロゴルファー(JLPGA)、プロサーファー(WSL)、実業団選手(日本代表)を始めとする、トップアスリートから本気でプロを目指すアスリートを中心にサポートをしている。

私がスポーツメンタルコーチになった理由

私はプロサッカー選手になるはずだった。小学校のころから夢はサッカー選手。中学生になっても高校生になっても大学生になっても、夢は変わらずサッカー選手。そんな私は、身長170㎝でゴールキーパーをしていた…>>続きはこちらから

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