あと1センチの先に勝負は宿っている|1センチをものにするための積み重ね

その瞬間は、突然やってくる。

後半アディショナルタイム、スコアは0対0。

サイドから上がってきたクロスボールが、ゴール前に向かって弧を描いている。

あなたは全力で走り込んでいる。
足を伸ばす。
あと少しで届く。

ボールの軌道と、伸ばした足の先端。
その距離は、おそらく数センチだったかもしれない。

触れた。
ゴールに吸い込まれた。

触れなかった。
ボールは流れていった。

この差は、何によって生まれるのでしょうか。

「あと1センチ」は試合の日に生まれない

多くのアスリートは、大事な局面での結果を「運」や「タイミング」で片づけることがあります。
もちろん、そういった要素が絡むこともあります。

しかし、私がこれまで多くのアスリートと関わってきた中で感じているのは、あの瞬間の数センチは、試合当日に突然起こるものではない、ということです。

それは、日々の練習の中で積み重ねられてきたものが、あの瞬間に現れる。

スプリントのトレーニングをしているとき、ゴールラインを超えるまで走り切れているか、それとも手前で少し力を抜いているか。
ウォーミングアップでグラウンドを走るとき、コーナーをきちんと回っているか、それとも少しショートカットしているか。
フィジカルトレーニングが苦しくなってきたとき、あと少しのところでやり切れているか、それとも「今日はここまでにしておこう」と手を止めてしまっているか。

練習後のケアをしようと思っていたのに、「今日はいいか」と流してしまった日。
疲労を残さないためにジョグしようとわかっていたのに、やらなかった日。

一つひとつは、本当に小さなことです。
誰かに見られているわけでもなく、記録が残るわけでもない。
だからこそ、そこに自分がどう向き合うかが問われているのだと、私は思います。

細部へのこだわりが積み重なっていく

こうした日々の小さな選択は、目には見えない形で確実に積み重なっていきます。
そして、ある局面で、あのアディショナルタイムのような瞬間に、数センチという形で姿を現すのです。

誰も見ていません。
コーチも、チームメイトも、観客も。
ウォーミングアップのコーナーをショートカットしたとしても、誰かに怒られるわけではない。
練習後のケアをサボっても、その日の記録に残るわけでもない。

でも、あなた自身は知っています。

「今日、自分はどう選んだか」。
その積み重ねは、他の誰にも見えないところで、確実にあなたの中に蓄積されていきます。
手を抜いた日々は、どこかで必ず顔を出す。
こだわり続けた日々も、同じように。

逆に言えば、細部を省き続けた日々もまた、確実に積み重なっていきます。
それもまた、決定的な局面で現れます。

どちらの積み重ねをしてきたか。
その問いに、正直に向き合えるでしょうか。

もしもう一度やり直せるとしたら

ここで少し、想像してみてください。

試合の後、ロッカールームでひとり、あなたは思い返していた。
あと数センチ足が届いていれば、あのボールに触れていた。
そうすればこの試合を勝てていた。

その後悔は、頭の中だけのことではなく、身体の感覚として残っていた。
「なぜあのとき、届かなかったのか」。

そのとき誰かが言った。
「もう一度、やり直すチャンスをあげよう」と。

過去に戻れる。
あの試合が来るまでの日々を、もう一度生きることができる。

そのとき、あなたはどんな練習をするでしょうか。
スプリントのラスト1メートル、流すでしょうか。
ウォーミングアップのコーナー、ショートカットするでしょうか。
疲れた夜のケア、「今日はいいか」と言えるでしょうか。

きっと、言えないはずです。

後悔した経験があるからこそ、細部の数センチに手が届く日々を送ることができる。
私たちがすべきことは、後悔してからやり直すのではなく、後悔した人間が戻ってきたつもりで、今を生きることだと思います。

ダルビッシュ有が20歳のときにやっていたこと

実際にこの感覚を意図的に使い、競技人生を変えたアスリートがいます。

メジャーリーグで長年活躍してきたダルビッシュ有投手は、かつてあるインタビューでこんなことを話していました。

20歳のとき、試合で大量失点した夜、彼は「40歳になった自分がホームレスになり、お金もなくご飯も食べられない」状況を頭の中で徹底的に想像したといいます。
そしてそこに神様が現れて、「20歳に戻るチャンスをやろう。ただし、できることを全部やらなければ、またここに戻す」と言ったら、誰でも迷わず戻るはず、と考えた。

そう気づいた瞬間から、彼は「今、神様のおかげで20歳の自分に戻ってきた」という感覚で毎日を生きることにした、と語っています。

その後の行動は速かった。
栄養学に没頭し、トレーニングへの向き合い方を根本から変えた。
そしてその数年後、パ・リーグ連覇に大きく貢献し、最優秀選手賞と沢村賞をダブルで受賞するに至ります。

時間はあっという間に過ぎていく。
だからこそ、今この瞬間の選択が全てだと気づいたことで、彼の細部への向き合い方が変わったのです。

競技の種目は違っても、この感覚はあなたにも使えるものだと私は思います。
後悔した人間が戻ってきて、もう一度やり直しているという感覚。
それは精神論ではなく、日々の細部への向き合い方を変える、具体的なアプローチです。

今日の1センチがあの瞬間をつくる

高いレベルで競技をしているあなたは、すでに多くのことをわかっているはずです。
何をすべきか、何がパフォーマンスに影響するか、知識としてはわかっている。

でも、知っていることと、実際に日々やり続けることの間には、大きな距離があります。

その距離を埋めているのは、根性でも気合いでもなく、「今日の自分が、あの瞬間の自分をつくっている」という意識だと私は感じています。

後悔した経験のある人間が、今日に戻ってきてもう一度やり直している。
その感覚で練習に向き合うとき、スプリントのラスト1メートルの意味が変わります。
ケアをする夜の意味が変わります。
小さな一つひとつが、ただの習慣ではなく、あの瞬間への準備になります。

数センチ先の世界を手に入れるために

大事な局面での数センチは、あなたが競技人生を通じてどれだけ細部にこだわってきたかを映す鏡です。

それは誰かに評価されるものではなく、試合のスコアに直接現れるものでもありません。
でも、確実に積み重なっていく。
そして、誰も見ていない場所でこだわり続けた日々が、最も大切な瞬間に現れます。

今日の練習の中に、その数センチはあります。

これくらいならいいか。
今日はやらなくていいか。
と過ごすのか。

それとも、最後まで走り抜こう。
苦しいときこそ、あと一歩踏み出そう。
当たり前のことを徹底してやっていこう。

どちらの日々を積み重ねるかによって、いつか数センチの世界を制することに繋がっていくのだと思います。

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スポーツメンタルコーチ加藤優輝
Deportare Design代表
Deportare Design代表。埼玉県川口市出身。6歳から22歳までプロサッカー選手を目指していたが、燃え尽き症候群により競技を嫌いになり、プロになれずに現役引退。 その後、人命に関わる仕事に魅力を感じ、消防士になる。 消防士として社会貢献していく中で、夢や目標に向かっている人をサポートしたいという思いが沸き起こり消防を退職。 退職後、自分自身が燃え尽き症候群になってしまった原因を解明すべく、脳と心の仕組み・スポーツ科学、EQなどについて学ぶ。 その後、サッカー元日本代表でもあるカレンロバートの専属サポート。現在は、プロ野球選手(NPB)やプロサッカー選手(Jリーグ)、プロゴルファー(JLPGA)、プロサーファー(WSL)、実業団選手(日本代表)を始めとする、トップアスリートから本気でプロを目指すアスリートを中心にサポートをしている。

私がスポーツメンタルコーチになった理由

私はプロサッカー選手になるはずだった。小学校のころから夢はサッカー選手。中学生になっても高校生になっても大学生になっても、夢は変わらずサッカー選手。そんな私は、身長170㎝でゴールキーパーをしていた…>>続きはこちらから

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