多くのアスリートは、
心が乱れる理由を弱さだと思っています。
緊張してしまうのは弱いから。
不安になるのは自信が足りないから。
考えすぎてしまうのはメンタルが弱いから。
だから整えようとする。
乱れをなくそうとする。
平常心になろうとする。
でもここに、ひとつ見落としがあります。
心は、そもそも動くものだということです。
試合が近づけば未来を考えるし、
大事な場面では結果を想像するし、
失敗した後は過去を振り返る。
それは異常ではなく、心の働きです。
そしてもうひとつ、心には性質があります。
否定されたものほど、強く意識に上がるという性質です。
考えないようにしようとすると、考えてしまう。
気にしないようにしようとすると、気になってしまう。
緊張も同じです。
不安も同じです。
消さなければと思うほど、
心の中で存在が大きくなっていきます。
整えようとするほど乱れるのは、
あなたが未熟だからではありません。
整え方の方向が、
動く心を止めようとする方向に向いているからです。
でも心は、止めるものではありません。
止めようとすると暴れ、
抑え込もうとすると強くなります。
だから多くの選手が、
整えようとしているのに整わない状態に入っていきます。
本来、整えるとは
心を静かにすることではありません。
乱れがあっても、そこに巻き込まれない位置に戻ること。
緊張があっても、
不安があっても、
思考が動いていても、
それを問題にしない場所に戻ること。
心が動いていることと、
自分が崩れていることは同じではありません。
整えるという言葉の意味については、前回のコラムで書いています。
試合前だけではない整えの習慣について知りたい方は、こちらも読んでみてください。
整えようとするほど乱れてしまう人は、
心を敵にしてしまっています。
でも整えられている選手は違います。
心が動いていても、
動いているなと見ていられる。
乱れの中でも、
自分のプレーに戻ってこられる。
整っているとは、
心が静かな状態のことではなく、
心がどうであっても自分でいられる状態のことです。
整えようとするほど乱れてしまうのは、
あなたが弱いからではありません。
心には、動くという性質があります。
抑えようとするほど強くなる、という性質もあります。
だから、整えるとは
心を思い通りにしようとすることではありません。
心がどうであっても、
自分の位置に戻れること。
乱れがあっても、
そこに巻き込まれずにいられること。
その力は、試合前につくるものではなく、
何も起きていない日の中で育っていきます。
目立たない時間にしている整えが、
流れが崩れた場面で、あなたを支えます。
整っているかどうかは、
心が静かかどうかではなく、
戻れる場所を持っているかどうかです。


