うまくいっていないときほど、前向きでいなければいけないと思ってしまうことがあります。
「自分ならできる」
「まだ大丈夫」
「ここからいける」
そんなふうに自分へ言い聞かせて、気持ちを持ち上げようとする。
もちろん、それが力になることもあります。
本当に心からそう思えているなら、その言葉は自分を支えてくれるはずです。
でも、いつもそうとは限りません。
流れが悪いとき。
失敗が続いたとき。
自分の感覚がずれているとき。
大事な場面で不安が強くなっているとき。
そんなときに、「大丈夫だ」と思おうとしても、心の奥ではまったくそう思えていないことがあります。
頭では前向きでいようとしているのに、内側では焦りや不安のほうが大きい。
そういうことは、誰にでもあると思います。
そして実は、そういうときに無理に前向きになろうとしすぎると、かえって苦しくなることがあります。
本当は不安なのに、不安じゃないふりをする。
本当は苦しいのに、余裕があるように振る舞う。
本当は自信が揺らいでいるのに、「自信がある」と言い聞かせる。
その状態が続くと、言葉で自分を整えようとするほど、逆に内側とのズレが大きくなってしまうことがあります。
「いや、そんなふうには思えない」
という感覚が、自分の中で強くなってしまうのです。
だから、前向きに思えない自分を責めなくていいのだと思います。
大事なのは、前向きな気持ちになれているかどうかだけではありません。
それ以上に大事なのは、どんな問いを自分に向けているかです。
気持ちは、すぐには変えられないことがあります。
でも、問いは変えられます。
たとえば、
「ここからどう立て直せるか」
「まだやれることはないか」
「今の自分でできる最善は何か」
「もしここから一つ整えるなら、何を整えるか」
「この状況でも前に進むとしたら、何ができるか」
こういう問いは、無理に明るくなろうとするものではありません。
楽観的になろうとすることとも少し違います。
ただ、自分の意識を、苦しさそのものから、次の行動へ向け直していく力があります。
ここに、ポジティブアスキング、つまり前向きな問いかけの大事さがあります。
前向きな気持ちをつくろうとするのではなく、
前に進むための問いを置く。
これは似ているようで、かなり違います。
「自分ならできる」と言い切れない日もあります。
「まだ大丈夫」と心から思えない日もあります。
でも、そんな日でも、
「じゃあ、どうするか」
と問うことはできます。
この違いはとても大きいです。
感情には波があります。
自信が持てない日もあります。
調子も一定ではありません。
どれだけ準備していても、不安になる日はあるし、崩れる日もあります。
でも、問いは選べます。
そして人の脳は、問いを向けられると、その答えを探そうとします。
「なんでこんなにダメなんだろう」
と問い続ければ、ダメな理由を探し始めます。
「もう無理なんじゃないか」
と問い続ければ、無理な証拠ばかりが目につきます。
「なんで自分だけこうなるんだろう」
と問い続ければ、苦しさを強める材料が集まってきます。
逆に、
「今できることは何か」
「ここから少しでも良くするにはどうするか」
「次の一本にどう入るか」
「この状況で失わずに済むものは何か」
と問いかければ、意識は自然と次の一歩のほうへ向かっていきます。
もちろん、問いを変えたからといって、一瞬で不安が消えるわけではありません。
急に自信が満ちてくるわけでもありません。
でも、少なくとも、不安の中で立ち尽くす時間を短くすることはできます。
ここはとても大事だと思います。
スポーツでは、気持ちが整ってから動けるとは限りません。
むしろ、整っていない中でも動かなければいけない場面のほうが多い。
不安があるままプレーしなければいけないこともあるし、納得できない感覚のまま勝負しなければいけないこともあります。
だから必要なのは、いつでも前向きでいられる自分ではなく、
前向きでなくても進める自分です。
そのために役立つのが、問いです。
たとえば、明らかに崩れているときに、
「自分は完璧だ」
「全部うまくいく」
と繰り返しても、内側がついてこないことがあります。
でも、
「完璧じゃない今の自分で、どう戦うか」
「崩れているなりに、何を残せるか」
「流れを変えるために、最初の一歩は何か」
「この一本に集中し直すには、何を手放すか」
という問いなら、現実から逃げずに前を向けます。
ここが大きなポイントです。
ポジティブアスキングは、現実を見ないためのものではありません。
むしろ逆で、現実を受け止めたうえで、意識の向きを前に戻すためのものです。
苦しいことをなかったことにするのではない。
不安を消し去ることでもない。
自信があるふりをすることでもない。
不安がある。
苦しい。
思うようにいかない。
その現実はそのまま認める。
そのうえで、
「それでも何ができるか」
と問い直す。
この姿勢が、自分を支えてくれます。
前向きさというと、明るさや強さのように見えることがあります。
でも本当は、もっと静かなものかもしれません。
それは、感情を無理に上げることではなく、
混乱の中で問いを失わないこと。
苦しいときでも、次につながる問いを自分へ返せること。
そういう静かな営みの中に、本当の意味での前向きさはあるように思います。
うまくいかないとき、人はすぐに安心したくなります。
「大丈夫」と思いたくなります。
「まだいける」と信じたくなります。
でも、すぐにそう思えない日もあります。
そんなときは、無理に気持ちを変えようとしなくていい。
その代わり、問いを変える。
「どうしたらできるか」
「まだやれることはないか」
「もしここから立て直すとしたら、何から始めるか」
「今の自分にできる最善は何か」
「次の一歩として選べる行動は何か」
この問いは、派手ではありません。
すぐに自分を劇的に変えてくれるわけでもありません。
でも、苦しい場面で思考を止めず、自分を前へ連れていく力があります。
心から信じられないときがあっていい。
前向きに思えないときがあっていい。
大事なのは、そこで思考まで止めてしまわないことです。
気持ちが追いついていなくても、問いは置ける。
自信が戻っていなくても、意識の向きは整えられる。
そして、その小さな積み重ねが、少しずつ自分をプレーに戻し、戦う姿勢を取り戻させてくれます。
前向きであることを、感情だけで決めなくていい。
本当に大事なのは、苦しいときに自分へどんな問いを向けるかです。
心から思えていないときこそ、前向きな問いかけが大事になる。
それは、自分をだますためではありません。
無理に元気になるためでもありません。
自分を次の一歩へ連れていくためです。

