オリンピックで金メダルをとった選手が、競技引退後に心が満たされない日々を送っている。
実はこのような話が本当にあります。
「なぜ金メダルをとったのに幸せじゃないのだろう?」と思いませんでしたか。
誰もが羨む頂点に立ったはずなのに、夢を叶えたはずなのに、なぜか引退後の人生に幸せを感じられない。
傍から見れば「あれだけのことを成し遂げたのだから、十分じゃないか」と思われるかもしれません。
でも当の本人は、毎朝目が覚めるたびに、何かが足りないような感覚と向き合い続けている。
それは、その選手が弱いのでも、感謝の気持ちが足りないのでもありません。
目標を達成することが、いつしか「目的」そのものになってしまっていたからです。
私はこれまで多くのアスリートと関わってきました。
高校生から社会人、そしてプロの選手まで。そのなかで、繰り返し同じ悩みを抱えるアスリートたちと出会ってきました。
目標を達成したのに、なぜか次に向かう気持ちが湧いてこない人。
競技中はあれほど輝いていたのに、引退した途端に自分の居場所がわからなくなってしまった人。
目標に向かって本気で打ち込んできたけれど、達成できずに競技を引退し、その後「自分が何をしたいのかわからない」と途方に暮れてしまった人。
状況はそれぞれ違っても、全員に共通していたのは一つのことでした。
それは、目標を達成した先に、何を果たしたいのかが、なかったということです。
実は私自身もそうでした
少しだけ私自身の話をさせてください。
私はかつて、プロのサッカー選手を目指して大学まで競技を続けていました。
小学生のころからボールを蹴り続けて、毎日の練習が生活の中心でした。
練習に打ち込んだ日々は、今でも鮮明に覚えています。
でも気づけば、燃え尽き症候群になっていました。
そして、プロにはなれず、そのままサッカーを辞めました。
その後、消防士を目指して勉強を始めました。
勉強している時間は、不思議と充実していました。
目標があったからです。
合格という明確なゴールに向かって、毎日コツコツと積み上げていく感覚が、あのサッカーに打ち込んでいた感覚と少し似ていたのかもしれません。
でも、いざ消防士になってみると、仕事に打ち込みきれない自分がいました。
毎日職場に向かいながら、「自分は本当は何がしたいんだろう」という問いが、ずっと頭の中をぐるぐると回っていました。
今になって、はっきりわかります。
プロサッカー選手を目指したのも、消防士になったのも、「なること」が目的になっていたからです。
その先に、どんな自分になりたいのか、その道で何を果たしたいのかを、ちゃんと考えたことがなかった。
だから、目標を達成するたびに、次の道を見失ってしまったのです。
あのとき感じた「満たされなさ」は、弱さでも怠慢でもありませんでした。
ただ、目標の先にあるものを、まだ見つけられていなかっただけだったのだと、今は思っています。
目標は「手段」であって「目的」ではない
少し、整理して考えてみましょう。
「全国大会で優勝したい」
「プロになりたい」
「レギュラーを勝ち取りたい」
これらはすべて、目標です。
そしてこれらはとても大切なものです。
毎日の練習に方向性を与えてくれる、大切な道標です。
目標があるからこそ、きつい練習も意味を持ち、試合の一瞬一瞬に全力を注げる。
でも、目標はあくまでも「手段」です。
その先に何があるのか。
目標を達成することで、自分は何を得たいのか。
どんな自分になりたいのか。
誰かに何を与えたいのか。
そこまで考えて初めて、目標に本当の意味が生まれます。
たとえば、「全国大会で優勝したい」という目標の先に、「自分が競技を通じて成長していく姿を、後輩たちに見せたい」という想いがある人と、「優勝すること」だけが全てになっている人とでは、優勝した後の景色がまるで違います。
前者は優勝の翌日も、その先の人生も、自分の進む方向を失いません。
後者は優勝した瞬間に、ぽっかりと穴が空いてしまうのです。
目標を達成した先に「果たしたいこと」があれば、目標を達成した後も迷わない。
そして、たとえ目標を達成できなくても、別の方法でまたそこに向かっていける。
逆に言えば、「果たしたいこと」がなければ、目標を達成した瞬間に、自分の存在意義ごと失われてしまうような感覚に陥ることがあります。
それがあの、金メダルを手にしながらも引退後の人生に満たされない日々を送る選手の姿に、現れているのかもしれません。
「なぜ、その道を選んでいるのか」という問いと向き合う
高いレベルで競技をするということは、膨大な選択肢がある中で、「この道」を選ぶということです。
考えてみてください。
あなたは今、どれだけのものを競技に注いでいますか。
朝早く起きて、きつい練習を乗り越えて、食事に気を遣って、遊びに行く時間を削って、ときに体の痛みと向き合いながら、それでもその道を進んでいる。
なぜでしょう?
楽しいことばかりではないその道を、なぜあえて選んでいるのでしょうか。
他にもやりたいことがある中で、なぜその競技なのでしょうか。
なんでもできる可能性がある中で、なぜその道なのでしょうか。
この問いは、簡単には答えられないかもしれません。
「好きだから」
「昔からやっているから」
「勝ちたいから」
そういった言葉が最初は出てくるかもしれません。
それで構いません。
しかし、もう少しだけ深く掘り下げてみてほしいのです。
その競技を通じて、あなたは何を得ていますか。
どんな自分でありたいと思っていますか。
競技を続けることで、誰かに何かを伝えたい、示したい、という気持ちはありますか。
あるいは、競技を離れたあとの自分の人生に、何を持ち帰りたいと思っていますか。
こういった問いと向き合うことで、自分が競技を続ける本当の理由が、じわりと見えてくることがあります。
その問いから、目を背けないでほしい
正直に言います。
この問いと向き合うのは、時間がかかることでもあります。
だからこそ、「答えが出なかったらどうしよう」
「自分には大したものがないかもしれない」
「こんなことを考えている時間があったら練習したほうがいい」
そんな気持ちが湧いてくることもあるかもしれません。
しかし、アスリートとしての競技人生のどこかのタイミングで、必ずこの問いが訪れます。
それは、大きな挫折のとき、目標を達成した直後、あるいは引退を意識し始めたときかもしれません。
そしてその問いが訪れたとき、多くの人は忙しさや次の目標の設定で、その問いをやり過ごしてしまいます。
そのとき、どうかその問いと正面から向き合ってほしいのです。
向き合うことは、自分の競技人生に深みと意味をもたらすためのきっかけになります。
答えはすぐに出なくていい。
「今はまだわからない」でも構いません。
ただ、その問いを手放さないでいてほしいのです。
「果たしたいこと」が見えてきたとき、競技が変わる
「果たしたいこと」が見えてきたとき、不思議なことが起きます。
まず、練習への向き合い方が変わります。
そして、試合のプレッシャーの意味が変わります。
さらには、負けたときの痛みの受け止め方も変わります。
スランプのときでも、なぜ自分がここにいるのかを思い出せるようになります。
それは単に「メンタルが強くなった」ということではありません。
競技に、自分だけの意味が宿ったということです。
その意味があるから、きつい練習も、理不尽な結果も、乗り越える力が生まれてくるのです。
目標は、達成することが全てではありません。
その目標に向かう過程で、自分が何者であるかを問い続けること。
その積み重ねが、競技人生を豊かにしてくれます。
そして、競技が終わったあとの人生にも、確かな土台として残り続けます。
金メダルは引退とともに過去のものになるかもしれない。
しかし、競技を通じて見つけた「果たしたいこと」は、その後の人生をずっと照らし続けてくれるのです。
あなたの競技人生に深みをもたらすために
私がスポーツメンタルコーチとしてアスリートと関わる中で、大切にしていることの一つが、この「目標の先にあるもの」を一緒に探ることです。
答えはすぐには出ないかもしれません。
しかし、その問いを持ち続けること自体が、すでに大切な一歩です。
あなたが今、目標に向かって真剣に打ち込んでいるからこそ、この問いはあなたの競技人生をさらに豊かにしてくれるはずです。
目標の先に、何を果たしたいのか。
ぜひ、一度だけ立ち止まって、その問いと向き合う時間をとってみてください。
あなたの競技人生が、より深く、より確かなものになることを、心から願っています。

