競技を続けていると、突然のように感じる出来事に直面することがあります。
試合中の怪我、思ったように力を発揮できなかったパフォーマンス、チームの雰囲気が取り返しのつかない状態になってしまった瞬間。
そういったとき、「なぜこうなってしまったんだろう」と感じることはないでしょうか。
でも実は、どんな大きな出来事にも、必ずそこに至るまでの小さな兆しが積み重なっています。
そしてその兆しに気づき、向き合えるかどうかが、競技人生において非常に大きな意味を持つのです。
今回は大きな出来事には、兆しがあることをコラムにまとめました。
ハインリッヒの法則が教えてくれること
「ハインリッヒの法則」という言葉をご存じでしょうか。
労働災害の分野で生まれた考え方で、「1件の重大な事故の背後には、29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件のヒヤリとした経験が潜んでいる」というものです。
これはスポーツの現場にも、そのまま当てはまると私は感じています。
たとえば、試合での怪我という「大きな事故」を考えてみてください。
その怪我が起きるまでの間に、身体はきっと多くのサインを出していたはずです。
「なんとなく疲れが抜けていないな」
「朝起きたとき、身体が重いな」
「筋肉に張りがあるな、違和感があるな」
そういった小さなサインを、競技への熱量や日々の忙しさの中でついやり過ごしてしまう。
「これくらいなら大丈夫」「試合が終わったらゆっくり休もう」と、自分に言い聞かせながら前に進んでしまう。
そしてそれが積み重なったとき、ようやく「大きな出来事」として表面に現れてくる。
多くのアスリートが経験している流れではないでしょうか。
もちろん、アスリートが競技に真剣であるからこそ、多少の不調を押して前に進もうとする気持ちは理解できます。
しかしだからこそ、その小さなサインに耳を傾ける習慣を持つことが、長く競技を続けていくうえでとても大切になってくるのです。
パフォーマンスにも、チームにも、同じことが言える
これは怪我に限った話ではありません。
試合で思ったようなパフォーマンスが発揮できなかった、という経験を誰しもしたことがあると思います。
しかし、そうなるにはそれなりの兆しが、必ずあったはずです。
練習をつい後回しにしてしまう日が続いていたとか、「本当はやった方がいい」とわかっていながら、どうしても取り組めないことがあったとか。
毎朝決まった時間に起きようと思っていても気づけば起きれなくなってしまったり、身体の回復のために食事に気をつけようと思いながら、好きなものばかり食べてしまっていたり。
ひとつひとつは「大したことではない」と思えるような小さなことです。
しかしそれが積み重なると、いざというときに自分の状態に確実に影響してきます。
試合当日に突然何かが崩れるわけではなく、それまでの日常の積み重ねが、あの場面での自分をつくっているのです。
チームスポーツにも同じことが言えます。
チームの雰囲気が一気に壊れるわけではありません。
意識の高い選手が少しずつ浮いてしまっていたり、方向性がなかなか揃わなかったり、なんとなくぎこちない空気が漂い始めたり。
ミーティングでの小さな行き違い、練習中の何気ない言葉、誰かが感じている小さな違和感。
そういった兆しが見過ごされ続けたとき、チームとしての「大きな問題」として噴き出してくるのです。
だからこそ、小さなことを見過ごさないこと。
その兆しを感じたとき、そこからどんな意味を汲み取り、どんな行動に移せるか。
それが、大きな問題を手前で食い止めるためのひとつの力になります。
逆もまた、真なり
ここまで「大きな問題が起きる前の兆し」という話をしてきましたが、この考え方には逆のことも言えます。
大会で優勝すること、自分の目標を達成すること、そういった「大きな良い出来事」も、同じように多くの小さな積み重ねの上に成り立っています。
練習の中でほんの少し感じた手応え、前より早く動けた瞬間、チームメイトとのコミュニケーションがうまくいったこと、疲れている日でも決めたことをやり切れた朝。
そういった小さな出来事のひとつひとつが、大きな結果へとつながる兆しでもあるのです。
だとしたら、小さな良い変化に気づくことも、同じくらい大切ではないでしょうか。
「まだまだ足りない」と感じる前に、今日の自分がつかんだ小さな感覚を大事にすること。
昨日より少しだけうまくいったことに目を向けること。
それが、良い方向への流れをつくる最初の一歩になります。
良い結果は、気づかないうちに降ってくるものではありません。
その前に、必ず小さな兆しがある。
その兆しをどれだけ丁寧に積み重ねていけるか。
それが、競技人生を自分の望む方向へ動かしていく力になると、私は信じています。
「小事」を大切にできるかどうか
競技をしていると、どうしても目に見える大きな結果に目が向きがちになります。
それはとても自然なことです。
試合に出て、勝負をして、結果を求めているからこそ、アスリートとして成長できる部分がある。そのことは、私も大切にしています。
しかし、それと同時に、私がこれまで多くのアスリートと関わってきた中で感じることは、競技人生を良い方向へ導いていく選手ほど、この小さな兆しに対して丁寧であるということです。
身体の声を聞いている。
自分の日常の乱れに気づいている。
チームの空気の変化を感じ取っている。
そして感じたとき、それを「大したことじゃない」と流さずに、少しだけ立ち止まって向き合っている。
私がアスリートと向き合うとき、いつも大切にしていることがあります。
それは、その人が今感じている小さな違和感や、ふとよぎった不安、なんとなく続けられていないこと、そういったことを一緒に丁寧に見ていくことです。
そこにこそ、その人の競技人生をより良くしていくためのヒントが、必ず隠れているからです。
大きな出来事の前には、必ず小さな出来事がある。
もし今、あなたの中に何かしらの小さな兆しがあるとしたら、それはあなたの競技人生が何かを伝えようとしているサインかもしれません。
そのサインに、まずは気づくことから始めてほしいと思います。

