あの人と比べても、今日はここにある。比較ではなく、自分の競技人生を生きるということ。

他の選手と自分を比べることは、競技をしていれば自然と起きることです。

同じポジションの選手が試合で躍動しているのを見て、「自分ももっとやらないと」と感じる。
チームメイトがどんどん成長していくのを間近に見て、「自分も負けていられない」と奮い立つ。
あるいは、ライバルの練習量や技術の高さを知って、「まだまだ甘い」と自分を戒める。

そういう経験は、多くのアスリートが一度は持っているものだと思います。

比較によって生まれた気持ちが、練習への向き合い方を変えるきっかけになることもあります。
それは確かにあることですし、その気持ちそのものを否定したいわけではありません。

ただ、少し立ち止まって考えてみたいことがあります。

比較をしても、しなくても、今日という一日はここにある。
自分が向き合うべき練習も、改善すべき課題も、変わらずそこにある。
では、比較によって生まれた気持ちは、競技にとって本当に力になっているのか。
そしてその気持ちは、長く競技を続けていくための、安定した支えになりえるのか。

そういうことを、一緒に考えてみたいと思います。

「あの人がいるから頑張れる」は、なぜ続かないのか

比較によって「よし、頑張ろう」と気持ちが高まるとき、そこには一種の高揚感があります。
ですが、その気持ちを少し冷静に観察してみると、多くの場合それは長続きしないことに気づきます。

なぜなら、その気持ちを動かしているエンジンが「自分の外側」にあるからです。

あの人が活躍しているから、周りがどんどん上に行くから。
そういう外側のできごとに反応することで気持ちが動いているとき、その気持ちの持続は、必ず外側の状況に左右されます。
比べる相手が変われば気持ちも変わる。
自分が思うように成長できない時期が続けば、比較は途端に重荷になる。

また、比較を繰り返すうちに、いつのまにか「自分の立ち位置」を基準にして物事を見るようになることがあります。
「あいつよりは上にいる」という安心と、「自分なんてまだまだだめだ」という焦りが、交互にやってくる。
そしてその感覚は、競技に集中するどころか、常に周囲を気にしながら練習する状態をつくり出してしまうように思います。

競技の場は、本来であれば自分自身と向き合う場所のはずです。

しかし、比較が判断の基準になっていくと、その場所はいつも誰かとの競争の場になってしまいます。
常に周りより優位でいなければ、という感覚が生まれると、それを維持し続けることに多くの時間と気持ちを注ぐことになります。

そしていつのまにか、その競技をしていることそのものへの気持ちが、どこかに置き去りになっていることがあります。
競技を通じて自分の価値を証明しようとする気持ちが前に出てきて、やがて「この競技の場で自分がどれだけ影響力を持てるか」「あいつより自分の方が上にいられるか」という感覚が、競技への向き合い方の中心に座り始める。

そうなったとき、競技は本来持っていたはずの意味合いとは、少し違うものになっていくように感じます。

競技を始めたとき、何を思っていたか

少し、遠い記憶を思い出してみてください。

あなたがその競技を始めた頃のことです。
そもそも最初、誰かより上にいたいから始めたという人は、ほとんどいないと思います。

できなかったことが、ある日できるようになった。
その手応えがうれしかったこと。
ボールを追いかけていたら、気づいたら何時間も経っていたこと。
仲間と汗をかきながら練習した帰り道の充実感。
勝ったときの喜び、負けたときに込み上げる悔しさ。
そういう積み重ねが、「またやりたい」「もっとうまくなりたい」という気持ちをつくってきたはずです。

もちろん、競技レベルが上がるにつれて、勝ち負けの持つ意味は大きくなります。
チームの中での自分の立場や、指導者や周囲からの評価を意識することも増えます。
試合の結果が、進路やキャリアに直結する場面も出てきます。
それは競技者として成長するうえで、避けられない現実でもあります。

ただ、その根底に「この競技が好きだ」という気持ちがあるからこそ、勝ったときの喜びに深い意味が生まれるし、負けたときの悔しさが次への動力になるのだと、私はそう思っています。

その根底にあるものが、比較によって少しずつ変質していくとき、競技は「自分を表現する場所」から「自分の価値を証明する場所」へと変わっていきます。
あの人より上にいる、この競技の中で自分の存在感を示せている、そういうことを確認するための場所になっていくとき、競技者としての本来の喜びは少しずつ遠のいていくように感じます。

競技を始めたとき、比較から生まれる気持ちではなく、もっとシンプルで純粋な何かがあったはずです。
うまくなりたい、この競技を極めたい、チームで一緒に勝ちたい。
そういう気持ちが、あなたをここまで連れてきたのだと思います。
そのことを、一度丁寧に思い出してみてほしいのです。

自分の競技人生を、自分で形にしていく

では、比較に頼らずに競技と向き合うとき、何を基準にすればいいのでしょうか。

私がアスリートたちと話す中で大切にしていることのひとつに、「自分の競技者としての形を、自分でつくっていく」という視点があります。

それは、自分がこの競技人生を通じてどんな競技者になりたいのか、という問いとも言えます。
誰かより上にいることではなく、自分がどれだけこの競技と真剣に向き合えたか。
どれだけ自分の可能性に向き合って取り組めたか。
昨日の自分より、今日の自分は少しでも前に進めたか。

そういう問いが、日々の取り組みの軸になっていくとき、練習への向き合い方は変わります。

今日すべきことが、自然とはっきりしてくる。
改善すべき点が見えてくる。
小さな手応えを積み重ねることができる。
そのプロセスに、淡々と取り組める。
外の状況に揺れることなく、毎日また練習の場に向かうことができる。

比較によって一時的に高まった気持ちで動くのではなく、毎日の取り組みが当たり前のように継続できる状態。
それが、高いレベルで長く安定して競技と向き合い続けるための、もっとも確かな土台になると感じています。

競技人生を通じて何を積み上げてきたか。
競技を終えるとき、それが自分にとっての「競技者としての形」になります。
その形をつくっていくのは、比較によって生まれる気持ちではなく、今日この一日を自分のものとして向き合っていく、その積み重ねだと思います。

淡々と積み重ねる人の強さ

比較によって「よし、頑張ろう」と気持ちが動いた人と、毎日小さな改善を積み重ねている人を、長い目で見たときにどちらが競技者として積み上がっていくか。

私はそれは後者だと思っています。
そしてそれは、才能や素質の問題ではないと感じています。

毎日の取り組みの中に、自分なりの充実感や手応えを見つけられる人は、モチベーションが外の状況に左右されにくい。
調子が出ない時期も、周りの動向に揺さぶられることなく、今日向き合うべきことに集中できます。
試合の結果がどうであれ、自分の取り組みのプロセスにある種の自信を持てている。

そしてその積み重ねの先に、勝ち負けが生まれます。

勝つことへの喜びも、負けることへの悔しさも、競技の大切な一部です。
ただその喜びや悔しさが、本当に深く自分の中に残っていくのは、その競技に心から向き合ってきたという実感があるからこそだと思います。
比較に揺れながら過ごした日々の積み重ねより、自分自身と誠実に向き合い続けた日々の先にある結果の方が、きっとずっと大きな意味を持つはずです。

競技の楽しさというのは、あの人より上にいることではなく、昨日できなかったことが今日できるようになること、取り組んできたことが試合の場で表現できること、仲間と一緒に何かを積み上げていくこと。
そういうところにあると思います。
その楽しさの感覚を持ち続けている人が、長く競技と向き合い続けられる人だと、私は感じています。
日々の積み重ねに小さな喜びを見出せる人の安定感は、比較から生まれた一時的な気持ちには、やはり敵わないと思うのです。

今日という一日を、自分のものにする

最後に、少し問いかけさせてください。

あなたが今この競技を続けているのは、なぜですか。

その答えが、比較によって少しぼやけてしまっているとしたら、一度立ち止まって、最初にその競技を好きになったときのことを思い出してみてください。
何がうれしかったのか。
どんな瞬間に夢中になっていたのか。
どんな競技者になりたかったのか。

その気持ちは、まだどこかに残っているはずです。

比較をしても、しなくても、今日という一日はここにあります。
その一日を誰かとの比較の中で過ごすのか、自分自身の競技人生の一瞬として積み上げていくのか。
その違いは、今この瞬間の小さな選択から始まるのかもしれません。

自分の競技者としての形を、自分でつくっていく。
その気持ちを、どうか大切にしてほしいと思います。

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スポーツメンタルコーチ加藤優輝
Deportare Design代表
Deportare Design代表。埼玉県川口市出身。6歳から22歳までプロサッカー選手を目指していたが、燃え尽き症候群により競技を嫌いになり、プロになれずに現役引退。 その後、人命に関わる仕事に魅力を感じ、消防士になる。 消防士として社会貢献していく中で、夢や目標に向かっている人をサポートしたいという思いが沸き起こり消防を退職。 退職後、自分自身が燃え尽き症候群になってしまった原因を解明すべく、脳と心の仕組み・スポーツ科学、EQなどについて学ぶ。 その後、サッカー元日本代表でもあるカレンロバートの専属サポート。現在は、プロ野球選手(NPB)やプロサッカー選手(Jリーグ)、プロゴルファー(JLPGA)、プロサーファー(WSL)、実業団選手(日本代表)を始めとする、トップアスリートから本気でプロを目指すアスリートを中心にサポートをしている。

私がスポーツメンタルコーチになった理由

私はプロサッカー選手になるはずだった。小学校のころから夢はサッカー選手。中学生になっても高校生になっても大学生になっても、夢は変わらずサッカー選手。そんな私は、身長170㎝でゴールキーパーをしていた…>>続きはこちらから

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